連載「メジャーのものさし」 第16号
勝ち試合がない朝、一面に何を刷るか
土曜は、舞台裏の話をする日です。この連載のカードが、毎朝どうやって選ばれているのか。きょうは、その選び方が試された朝のことを書きます。
このカードには、毎朝ひとつだけ「一面」を決めるという仕事があります。スポーツ新聞の一面と同じで、前の夜にいちばん大きかった出来事を、一枚に刷ります。ふだんは、これがそれほど難しくありません。日本人選手のいるチームがどこかで勝てば、その白星を一面にすればいいからです。今週も、完封勝ちや二桁得点の夜が続いていました。
ところが、けさは勝ち試合がありませんでした。米8月27日の夜、日本人選手四人のうち、鈴木誠也のカブスと村上宗隆のホワイトソックスは試合そのものがありません。試合をした二人も、岡本和真のブルージェイズは2対13で大敗し、大谷翔平のドジャースは0対1で敗れました。本塁打は、四人とも0本。勝ちも、一発も、ない朝です。
こういう夜に、一面をどうするか。ここが、きょうの舞台裏です。
負けた試合の中身を、もう一度ひらいてみます。すると、0対1で敗れたドジャースの試合に、目が止まりました。先発した山本由伸が、6回1/3を投げて、許した点はわずかに1。三振は8つ。負け投手にはなりましたが、投球そのものは、この夜のどの数字よりも強いものでした。
一面は、これに決めました。勝ち星ではなく、報われなかった好投を刷ることにしたのです。
理由は二つあります。ひとつは、一面の役割が「勝ち負け」ではなく「その夜いちばんの出来事」を伝えることだから。0対1の投げ合いは、大量点の試合よりも、しばしば見応えがあります。もうひとつは、相手にありました。ドジャースを完封したのは、クリス・セール。9回を投げきって、被安打5、奪三振11。山本由伸の8つを上回る三振を奪い、一点も与えませんでした。二人の先発が、最後まで得点を許さない。その投げ合いが、1点の差で決したのです。
ここで、書き手として気をつけたことがあります。負けた試合を一面にするとき、その筆が、誰かを責める向きに傾かないようにする、ということです。打線が0点だったのは事実ですが、それを「打てなかった」と書けば、一面はたちまち下を向きます。この連載には、驚きの矛先を選手に向けない、という約束があります。だから、山本由伸の8三振と、クリス・セールの11三振を、同じ大きさで並べました。勝った側の投手も、負けた側の投手も、どちらもこの夜の主役として書く。それが、負けを一面にできる唯一の書き方でした。
数字は、勝ち負けだけを記録しているのではありません。6回1/3、1失点、8奪三振。この三つの数は、スコアボードの「敗」という一文字には、どこにも書かれていません。順位表を見れば、ドジャースには黒星が一つ足されただけです。けれど、その黒星の中には、これだけの投球がしまわれていました。一面という一枚は、その「しまわれたもの」を、もう一度おもてに出すための場所でもあります。
正直に言うと、この一週間は勝ち試合の続く週でした。月曜から金曜まで、完封あり、二桁得点ありと、一面に困らない日が並んでいました。だからこそ、けさのように何もない夜は、かえって物差しの精度を試してきます。勝ちがあるときは、勝ちを刷ればいい。無いときに、何を拾うか。そこに、この連載の性格が出ます。
勝ち試合がない朝は、これからも来ます。そのたびに、負けの中から一番強い数字を探し、それを誰も下げない形で刷る。むずかしい朝ほど、物差しの当て方が問われます。ふだんは勝ち星という大きな目盛りで測っていたものを、けさは三振の数という細かい目盛りで測り直しました。同じ夜でも、どの目盛りを当てるかで、見える景色は変わります。
勝った夜だけでなく、報われなかった夜も、きちんと一枚に残す。負けの中にあった良い投球を、見落とさずに拾い上げる。それが、この連載『メジャーのものさし』の約束です。
(2026-08-29 / Data: MLB Stats API / 非公式)