しんもも工場 お仕事の相談

連載「メジャーのものさし」 第6号

初球を振るのは、せっかちか

2026年8月19日
図: 初球本塁打

子どもの頃、「初球から振るな、球をよく見ろ」と教わった人は多いと思います。じっくり見て、四球も狙って、追い込まれる前に仕留める——それが「いい打者」だと。

きょうの数字の学校は、この教えを実測で確かめます。題材は、日本人3打者の「初球」です。

本塁打の半分近くが、初球

まず全数を数えました。大谷翔平・村上宗隆・鈴木誠也の今季の本塁打は合計79本。そのうち初球を打ったものが37本——半分近くです。

大谷にいたっては6割超。きのうクアーズで打った2本で本塁打の頂を取り返しましたが、その量産の土台に「初球」があります。

打率で見ると、初球は損に見える

面白いのはここからです。初球を打ちにいった打席の打率を見ると、村上は.186。数字だけ見れば「初球から振るから打率が下がる」という、あの教えのとおりに見えます。

ところが物差しを長打率に替えると、景色が反転します。

図: 初球の物差し

村上の初球は、打率.186なのに長打率.407。安打の数は少ないが、当たれば飛んでいる。つまり初球スイングは「数を稼ぐ」打撃ではなく「仕留める」打撃なのです。打率という物差しは初球スイングを罰し、長打率という物差しは初球スイングに報いる——同じ打席が、物差しひとつで別の顔になります。

なぜ、いちばん甘い球が最初に来るのか

理屈は単純です。投手がいちばんストライクを取りにくるのが初球だからです。カウントを悪くしたくない投手は、初球に置きにいく。打者を追い込んでからは、ボール球で釣る余裕が生まれる。実際、村上は0-2と追い込まれてからの打率が.042まで落ちます。甘い球の在庫は、打席の最初にいちばん多い。

「初球から振るな」は、当てにいく打撃の時代の教えでした。長打で得点をつくる現代のメジャーでは、初球は「見る球」ではなく「仕留める球」に変わっている——3人の37本が、その証明です。

この物差しが測らないもの

正直な注記をひとつ。初球スイングの数字は「振った打席」しか数えません。見送った初球の価値は、この表のどこにも出てこないのです。

大谷は今季、四球も量産しています。初球を仕留める打者であると同時に、ボール球の初球はきちんと見送れる打者でもある。「初球を振る」と「球をよく見る」は、実は二択ではありません。甘い初球だけを振り、悪い初球は見送る——その選球眼ごと含めて、はじめて.612という長打率になります。子どもの頃の教えは半分正しくて、続きがあった、というのが本当のところだと思います。

あすの予習

あす朝9時40分、佐々木朗希がクアーズで先発します。きょうの授業を投手側から見ると、初球はいちばん狙われる球でもある——佐々木が初球をどう使うか、ストライクを置きにいくのか、あえて外すのか。あすはそこに物差しを当ててみてください。同じ試合が、少し違って見えます。

きょうの授業の持ち帰り

打率は初球スイングの成果を測れません。数字の学校でくり返し出てくる教訓が、きょうも顔を出しました——選手を測る前に、物差しを選ぶこと。あすもグラウンドのどこかで、初球が振り抜かれます。そのとき「せっかちだ」と思うか「在庫を仕留めた」と思うかで、野球はすこし違って見えるはずです。

数字はすべてMLBの公開データから実測する。検定を通らない数字は書かない。それがこの連載「メジャーのものさし」の約束です。


本記事は個人が作成した非公式のものであり、MLBおよびMLB Advanced Mediaとは提携・関係ありません。

数値は2026-08-19時点。Data: MLB Stats API

← しんもも工場の一面へ戻る