連載「メジャーのものさし」 第4号
首位交代は、いつ始まっていたか
けさの帳簿から。村上宗隆が28号を打ち、大谷翔平の27本を上回りました。日本人メジャーの本塁打首位が、入れ替わった朝です。
ニュースとしてはこれで終わりです。でもこの連載は毎朝、同じ場所に物差しを立てて数字を書き留めてきました。その帳簿をさかのぼると、面白いことが分かります。首位交代は、きのう始まったのではありませんでした。
4日分の帳簿
この連載が創刊した8月14日からの、毎朝の実測値です。
- 8月14日: 大谷27本・村上26本。得点創出のwRC+は大谷150.2、村上147.5
- 8月15日: 本塁打は動かず。村上のwRC+は147.0
- 8月16日: 村上が27号で本塁打が並ぶ。そしてwRC+は村上149.8、大谷148.9——ここで物差しが先に入れ替わった
- 8月17日: 村上28号。本塁打も単独首位に
wRC+はリーグ平均を100とした得点創出力で、本塁打だけでなく四球も出塁もまとめて測る物差しです。8月16日の朝、本塁打はまだ27対27の同数でした。しかしwRC+はすでに村上が上に出ていた。見出しになる数字(本塁打)が動く前の日に、見出しにならない数字(wRC+)が先に動いていた——首位交代は、静かな方の数字から始まっていたのです。
なぜ、静かな数字が先に動くのか
wRC+が本塁打より先に動いたのは、偶然ではないと考えています。wRC+は四球や出塁も数える物差しだからです。
本塁打は「出た・出ない」の数字で、階段のようにしか動きません。いっぽう出塁や四球は毎試合すこしずつ積み上がる。投手が村上との勝負を避けはじめれば、本塁打が出ない日でも四球が増え、wRC+は静かに上がっていきます。実際、創刊日の帳簿には四球63・AL8位という行がありました。強打者への警戒は、本塁打欄より先に四球欄に現れる——だから静かな数字が先に動くのです。
8月15日の帳簿には、もうひとつ内訳が残っています。対右投手のOPSは.988、対左は.710。右投手には、すでにリーグ屈指の脅威だった。あとは左をどう攻略するかという宿題ごと、首位に立ったことになります。
139打席の差
もうひとつ、帳簿に埋まっている数字があります。打席数です。
けさ時点で大谷521打席、村上382打席。村上は139打席少ないまま、本塁打で上に出ました。 1本あたりに直すと、大谷が19.3打席に1本、村上は13.6打席に1本。負傷離脱で失った時間を、密度で取り返している形です。
念のため書いておくと、これは大谷が沈んだ話ではありません。wRC+は村上149.9、大谷149.0——小数点の差です。得点創出の物差しでは、頂にふたり並んでいる。首位交代というより、頂が二人ぶんに広がったと読むほうが、数字には忠実だと思います。
差は9本、が8本になった
視線を上げると、ALの首位はアルバレスの36本。夕刊の創刊号(8月15日)でこのレースを取り上げたとき、差は9本でした。きょうは8本。アルバレスも打ちながらの8本ですから、詰まった1本の中身は軽くありません。
帳簿にしか残らない数字の話
最後に、この連載の裏側をすこしだけ。実は「8月16日時点のwRC+」は、公式のデータ置き場からはもう取り出せません。シーズン集計は常に最新の値で上書きされるからです。きのうの149.8という数字は、あの朝に測って書き留めた帳簿の中にしか存在しない。
毎朝おなじ場所に物差しを立てる意味は、ここにあります。ニュースは「入れ替わった朝」を報じますが、帳簿は「入れ替わりつつあった前日」を知っている。きょうの記事が書けたのは、創刊からのたった4日ぶんでも、帳簿が貯まっていたからでした。
首位の背中を追う数字がどう動くか。あすの朝も、同じ場所に物差しを立てて測ります。数字はすべてMLBの公開データから実測する。検定を通らない数字は書かない。それがこの連載「メジャーのものさし」の約束です。
本記事は個人が作成した非公式のものであり、MLBおよびMLB Advanced Mediaとは提携・関係ありません。
数値は2026-08-17時点。Data: MLB Stats API